郡山城跡のふもとの博物館から多治比川を渡って、青山の尼子
軍陣地跡を見てきました。展望が得られませんでした。山道入口
の車道ピークに戻っているので光井山への道を探します。
案内板はありませんが踏跡があります。山に入って左の尾根へ。
すぐに古いテープを見つけました。この辺の踏跡はうすいです。
境界杭を2つ見ました。進むとはっきりした山道で安心。ごくた
まにリボンがあります。
車道ピークからなので標高差は少ないはず。戻れるように目印
になるものを探して進みます。でも北側に縦走して下山したい。
蜘蛛の巣にかかりながらも、わりと早くピークに到着。
三角点の山頂かな? 他に高いところが見えないから最高所。
まわりは木で展望がありません。社跡なのか、石の土台みたいな
のがあります。広いところですが、中心の大きな木のまわりにも
三角点がありません。
地図の最高所の370m以上のところにいるようです。北東に
下ったら三角点があるはず。踏跡を見て進みましたが、悪いくせ
なのか、早足でどんどん行き過ぎてしまいます。
広めのところにでたからここかなと思って探します。杭があり
ます。三角点が埋もれている様子はありません。木がなければ展
望がよいはず。おかしいと思ったけどまだ下ってみました。
植林地。道がいくつかあります。下草がないから道に見えると
ころも。やはり三角点はありません。段々になっている平地を見
ながら下りましたが、ここらも尼子軍の陣地跡でしょう。堀切の
役目もしていたと思います。
下山することも考えましたが、めったに来るところではないか
らもう一度上へ。真夏でなくてよかったです。今回はストックな
しのスニーカー歩き。見覚えのある道を戻りましたが、登りは高
いところをめざしてしまいます。
木の間に白い棒が見えました。三角点です。最高所から近いと
ころ。こんなところにあるとは、、、まわりは木で展望なし。
広くない峰。なんで気づかなかったのか? 東側の踏跡は斜面の
木の間だったようです。空を写して下山開始。
予定よりも時間かかっています。慎重に歩いているからでしょ
う。植林に戻ってリボンや杭を探しながら下へ。太陽の方向は南
西なのでバツ。北西に進路を取ります。北は厳しそう。北東の尾
根はすぐに下りてしまいそうなのでやめました。
少し心配しましたが、樹間から建物が少し見えているから安心。
最後はかなり急になるのですが、下に柵が見えるからどこでも山
から出られそうです。植林をゆるやかに曲がりくねって下へ。
ほんとははっきりした道があるはずなのですが、案内がないと
厳しいでしょう。私は車道からだったので、標高差が少なくて最
高所に早く着けました。神社があればお参りの山道がはっきり残
っていたのかもしれません。。。
下ったけど動物避けの柵をどこで出るか。。。北に進むと広い
草原。その向こうに運動公園の建物が見えました。ここの柵をま
たげたので草原を歩いて、多治比川の土手にでました。この辺も
尼子軍の陣地だったのかも。
川幅が狭いです。早く戻りたくても橋がなさそうな感じ。遠回
りになるけど、西に見えている橋を渡ることにしました。たまに
光井山を振り返っています。
橋の上からよく見えました。この橋は普通車以上は通行不可。
軽自動車が通らないかなぁ。待ってられないから移動します。
運動公園横を通ります。広島県自然歩道の案内がありました。
毛利氏の史跡がたくさんあります。汗をかいたのでジュースを飲
んで補給。県道6号線に合流しました。
たまに車で通る道。東に進みます。すぐに八幡宮。説明には宮
崎神社と記載されています。急な参道を上がってお参り。高台だ
けど神社からの展望はなし。天狗のお面が気になりました。
少し休んで車道から下ります。参道は急だから避けたのも理由。
疲れてました。距離が長くなるけど、光井山が見えるのでよかっ
たです。広場は神社の駐車場でしょうか。お祭りが楽しそう。
参道の前を通って吉田の市街地へ。住宅が多いところです。
パチンコ屋の人形が見えてすぐに歴史民俗博物館に着きました。
尼子軍陣地は観光化されていないのがよくわかりました。この
あとは猿掛城跡を考えていましたが、暗くなると危ないので、車
道近くから景色だけ眺めて撮影し、登るのは翌日にしました。
|